「日本人とエベレスト~植村直己から栗城史多まで~」書評

書評

山岳関係書籍のハブとなる1冊

紺碧の空に突き刺さるような美しき山嶺、威厳に満ちた女神(サガルマータ)の容貌が目を捉えて離さない。更に帯に目をやると、-世界最高峰であるがゆえの「宿命」と「呪縛」から、逃れられないエベレスト―――。その歴史と実像に迫る、日本人による初登頂50年の記録―との帯文。なんとも蠱惑的な装丁の本に出会ってしまったのだ。

その1冊は「日本人とエベレスト~植村直己から栗城史多~」(山と渓谷社2022年3月1日初版)だ。特別登山に興味を持たない人でもエベレストなる世界最高峰の山の名くらいは聞いたことがあるだろうし、少しでも興味がある人ならば平積みで陳列されているのを目にしたら99%は手に取るのではないかと思う。やばい。装丁だけでこんなに書いてしまった。

さて、山と渓谷社といえば1930年(昭和5年)に創業された老舗である。各種の山岳関係、自然関係の雑誌、書籍を手掛けている唯一無二と言っても過言ではない出版社だ。昨今のアウトドアブームの牽引役も担っているとも言えるかもしれない。そんなヤマケイが手掛けた本書は、日本の登山黎明期から現在に至るまでの経緯を入念な取材を基に時代背景を考察しつつ至極丁寧に作り上げている。

エベレスト日本人初登頂から50年。当時のヒマラヤを初めとし、アルプス等の高峰での登山は大々的な隊が組まれ、莫大な費用と時間をかけて行われる国家的プロジェクトであった。筆者が幼い頃は、どこどこの隊が世界初登頂などのニュースが新聞紙面を賑わせていたことがある微かな記憶がある。しかし、いつからかほとんどそういった類のニュースは聞かなくなった。登山が行われなくなったのか、いやそうではない。未踏峰初登頂というセンセーショナルな登山が少なくなり、ただ登頂するだけでなはニュースにもならなくなったのだ。登山家達、いわゆる山屋と呼ばれる人達はより困難なルートを選択したり単独登山を選んだり、無酸素登頂を目指したりするようになった。いや、そうせざるを得なかったのかもしれない。いや、本当のところは山屋にしかわからない。「なぜ、山に登るのか?」この問いは未だ続いているのかもしれない。今や、世界最高峰のエベレストは、一般客をガイドして登頂する商業登山が珍しくもない。一方で、大量遭難は起こっているし、多くの登山家が今なお命を落とす。それが、現実だ。それでも、人は最高峰を目指すのだ。

そういった時代の流れの中で多くの登山家達が何を思い何を求めていたのか、国家の思惑、組織のしがらみ、そして、各々の「世界最高峰エベレスト」とは・・・。まさに帯文の通りだ。「宿命」と「呪縛」から逃れられないのがエベレストなのだろうか。筆者本人は、本格的な登山の経験はない。しかし、様々な登山家のドキュメンタリーや、山岳小説にも親しみ、本書に登場する登山家の講演等を聞いてきたりしたもした。

本書は、このように登山、いやどちらかというと登山家という生き方に興味をもち、様々な書籍に触れてきた者とっては、ぼんやりとした何となく得体の知れない疑問にも応えてくれる1冊となっているし、先に本書を手に取った者は、ここから様々な書籍を自ら探し求めるかもしれない。つまり、本書は数多くの山岳関係の書籍がここに集約され、更に新たな本を求める契機にもなり得る1冊だ。多くの山岳関係書籍がここで集約され、ここからまた広がっていく、いわばハブ空港のような役割を担っている1冊なのだ。本書に登場する数多くの登山家に丁寧に寄り添い、客観的事実を克明に記してくれたことに敬意を表したいと思う。本書でも参考文献として取り上げられている書籍の一部、筆者が既に読んだものを以下に紹介しておきたい。(JPIC読書アドバイザー・糸井文彦)

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